テンジン・デレク・リンポチェが獄中で逝去
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プレスリリース 2015年7月13日

信頼できる情報筋によれば、敬愛される活仏、テンジン・デレク・リンポチェが獄中で入滅されました。リンポチェは、先見的な社会改革者、崇敬される宗教指導者、尊敬される社会のリーダー、そしてチベット人のアイデンティティと文化の比類なき守護者でした。
テンジン・デレク・リンポチェは2002年4月7日、成都で起きた爆弾事件の首謀者として逮捕され、同年12月にテロ犯罪および国家分裂罪で死刑判決を受けました。当時、家族が依頼した弁護士はリンポチェと面会できず、この事件に関する書面は一切公開されないなど、真相は闇の中です。本土のチベット人たちは彼は無実の罪で逮捕されたのであり、あまりにも人々に敬愛され、有名になりすぎたために中国政府にとって「邪魔者」として排除されたのだと信じています。
第17期中国共産党中央政治局常務委員だった周永康はリンポチェが逮捕された2002年当時、四川省委書記から中央政治局委員、そして公安部長に就任しており、まさに四川省時代の汚職をめぐってつい先月、無期懲役判決を受けています。周永康がリンポチェの逮捕に関与したと疑う声は少なくありません。
世界中のチベット支援団体、国際人権団体がテンジン・デレク・リンポチェの釈放を求めて運動を行い、2005年には死刑は猶予付きに減刑されていました。リンポチェも一貫して無実を訴え続けました。2009年には4万人ものチベット人がその危険も省みず正義のために実名で署名をしたことがあります。

テンジン・デレク・リンポチェの突然の死に接し、私たちは深い悲しみに襲われています。きのう7月12日、リンポチェの死は成都公安から連絡を受けた家族によって確認されました。家族は現在、チベット仏教のしきたりに沿って葬送を行うために、リンポチェの遺体を返還するよう監獄に要望しています。
13年以上にわたる投獄と拷問、そしてそれに必要な治療を受けさせられなかったことは、リンポチェの心身を蝕みました。2014年に家族が治療のための仮出獄を中国当局に要望しましたが、それは実現しませんでした。
無実の罪で投獄され、劣悪な環境でリンポチェの健康が悪化していることに、各国政府や支援団体は何度も懸念を表明してきました。中国政府は(いつものように)世界中からの願いを無視し、そしてきちんとした葬儀を執り行いたいという現地のチベット人たちの嘆願をも無視しようとしています。
リンポチェの出身地、カムのナチュカは深い悲しみに覆われていると伝えられており、リンポチェの家族や地元の人々の願いを叶えるために中国政府が慎みと敬意を払うことを私たちも要求します。

Student for a Free Tibet JAPANのツェリン・ドルジェ代表は下記のようにコメントしています。

「中国では投獄されたが最後、その人物について正確な情報を知ることは非常に難しい。だがきょう私たちは知った。無実の人が命を落とし、その責任は中国政府にある、と」。


*テンジン・デレク・リンポチェのプロフィール、リンポチェが関与したとされる事件の概要とその背景、減刑の経緯については、TSNJのサイトをご参照ください。